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マイク・タイソン自叙伝『真相』の感想 / タイソンとトルストイ

タイソン自叙伝「真相」。タイソンの軽快な語り口で書かれていて非常に読みやすくスラスラ進める。当事者ならではの卓越したボクシングシーンはもちろんだが、荒んだ少年時代から王者時代以降の贅と快楽を極めた破天荒な生活、さらにそこからの転落、そして慎ましい再生へ。道徳の書としても優れている

 

特に美しいシーンは、心理療法士マリリンの自宅で開かれたプライベート・セッション。参加者の心理学教授の女性が涙ながらに幼少期の過酷な体験を語る中、タイソンはいつの間にか椅子の下に座り込んで彼女の手を握りしめる。孤独に彷徨う元王者が傷を持つ見知らぬ人々との間に自分の同胞を見いだす場面

 

 

マイク・タイソンとレフ・トルストイ

 

タイソンの自伝『真相』だいぶ読み進んだが、トルストイ好きと分かってさらに親近感が増した。ロシアを訪問したときトルストイの家だけは訪ねたかったそうだ。トルストイの妻との出来事やトルストイの子供の名前を全部知ってるのに通訳が驚いていたとか。子供の名前を全部は自分ですら言えないから、相当のもの。

 

どうもキッカケは師匠カス・ダマトがトルストイ好きだったらしく、作家のノーマン・メイラートルストイについて語ったりしているのをタイソンも聞いていたようだ。それから、ロシアの文化やボクサーに特に興味を持つようになったと記されている。

 

考えてみればトルストイとタイソンには共通点が多く、タイソンが興味を持つのも分かる気がする。トルストイは精神だけでなく肉体的な生命力にも恵まれ、文豪の中では最も野性を理解している。初期の『コサック』晩年の『ハジ・ムラート』など、荒々しい自然に生きる逞しい人々や動物を描かせたら超一流の腕前。

 

なにより、そうした才能を活かし、金・地位・名誉、俗的物質的な要素の全てを得たにも関わらず、かえってそれが重荷となって人間関係、特に妻との争いに絶望し、やがて道徳的な問題へと関心を移していくところなど、トルストイとタイソンはまさに軌を一にしている。ちなみに菜食主義なところも同じである。

 

自叙伝を読んで思うが、タイソンの魅力はいまやボクシングでの活動だけではない。華々しい成功とそこからの転落、それを静かな気持ちで語れる現在、その人生全体がかえって道徳的な問題を浮き彫りにしていて、はからずも他の選手ではなかなか表現できない人生の重要事を伝えている。まるで「復活」や「神父セルギイ」などの、栄華、堕落、再生の過程を描かれたトルストイ後期作品の主人公のようだ。